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商品説明価格

李連休 作 小堀卓巌書付 今高麗茶碗 白雲 kobori-01お茶のふじい・藤井茶舗

お茶のふじい
 <小堀卓巌 略歴>昭和六年愛知県生まれ・昭和四十二年孤逢庵住職となる。平成二年大徳寺派宗務総長に就任。1931年、愛知県に生まれる。福岡県久留米の梅林寺および大徳寺僧堂で修行。1966年、大徳寺孤篷庵第18世住職となる。大徳寺宗務総長などを経て、現在、 大徳寺顧問小堀卓巖和尚は茶の開祖の一人「小堀遠州」の伝統を正統に継承した和尚であり、沢庵宗彭もそこに遊んだ大徳寺孤篷庵の現住職であり、現代の大燈國師の位にある大徳寺 525世の大和尚である。・木箱付きサイズ:幅 14cm 高さ 9cm 198,000円

3号角皿 わら縞 <九谷焼 / 和食器 / 小皿 / 色絵>

TABLE & STYLE
サイズ 9.7×9.7×H1cm 素材 磁器 生産地 九谷焼 和陶房 備考 - 「洗練された古典柄こそモダンになりえる」という言葉がぴったりの絵付けです。 ※こちらの商品は在庫が無い場合には、製作に1ヶ月〜2ヶ月を要する場合がございます。大変恐縮ですが、どうぞご理解ご容赦下さいませ。ニッポンの古典柄 「洗練された古典柄こそモダンになりえる」という言葉がぴったりの絵付けです。 ※こちらの商品は在庫が無い場合には、製作に1ヶ月〜2ヶ月を要する場合がございます。大変恐縮ですが、どうぞご理解ご容赦下さいませ。 1,320円

8077400 ブリキ 茶筒 ぽっかん S 100g入 レッド 81328 4988484813285 茶筒S ヤマコー EBM-8077400 YAMACO 和紙 Temahima-kobo

測定器・工具のイーデンキ
●外寸1:φ75×H80●容量:100g●材質1:ブリキ●材質2:和紙●ブリキに和紙が巻いてあります。●1辺(mm):80●2辺(mm):80●3辺(mm):100●重量(g):100●製品重量(g):704988484813285類似商品はこちら8077300 ブリキ 茶筒 ぽっかん L 2699円ヤマコー #84778 ぽッかん S 花唐草1800円ヤマコー #84781 ぽッかん S 桜梅文1800円676564 和紙 茶筒1,259円ヤマコー #79214 ぽッかん 干支 S866円ヤマコー #79211 ぽッかん ねこ S866円ヤマコー #79212 ぽッかん うさぎ S866円ヤマコー #81318 ぽッかんSナチュラル787円ヤマコー #81326 ぽッかんSオレンジ787円ヤマコー #81324 ぽッかんSグリーン787円藤田金属 4977201025117 茶筒 和862円ヤマコー #79460 ぽッかんファンタジー 909円 617円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 火入 織部 弥七田織部 加藤日出作(山十窯)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径8.4×高9.4cm 作者加藤日出作 箱木箱   (申丸大・25900) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 【加藤日出(本名 ひで)】  美濃焼作家 加藤光右衛門氏の次男。 1967年昭和42年 生まれ。  名古屋茶道工芸金鱗会会員 20,900円

【茶器/茶道具 煙草入用道具(莨入用道具)】 紙煙草入(紙煙草入) 檀紙 たとう紙 表千家 壺々 朱色 奥村吉兵衛作(表具師) (壷々・壺壺・壷壷・つぼつぼ)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約高15.3×7.6cm 作者奥村吉兵衛作(表具師) 経師(きょうじ)とも言う 箱化粧箱   (野棒丸大/R5/野山丸り:29800) (・34650) 【コンビニ受取対応商品】紙煙草入(刻莨入) 煙草盆の中に組み込み、刻みたばこを入れるのに用いる道具です。 「畳紙」(たとう)といい、檀紙、奉書、唐紙、薬袋紙など美濃紙半紙大を二つ折りにし、さらに三つ折りにして、上下を後ろに折り込んだもので、それに紅葉、松葉、芦の葉などを張り込んだり、漆絵、箔押したものなどがあります。 他に、筒状の煙草入、莨入とも書き、莨壺ともいわれる物もあります。 【奥村吉兵衛】 【奥村家】 佐々木氏の末裔を称し、近江国北部の「谷の庄」なるところの郷士であったとされる。 奥村三郎定道の代、姉川の戦いの後、主家浅井氏が滅亡して浪人となる。 定道の息子・奥村源六郎定次は長男・源子郎を前田利家に仕官させ、長男は後に「奥村摂津守定光」を名乗り加賀藩士となる。 次男・吉右衛門清定は仕官せず、母方の家業を継いで商人となり京にて表具屋となる。 この清定が初代とされる。 【初代 吉右衛門】1618年元和4年~1700年元禄13年9月  諱「清定」、出家後法名「宗勢」 1646年正保03年 上洛、武士から商人に転業 1654年承応03年 表具屋業を開業、屋号「近江屋吉兵衛」を名乗る。  妻は売茶翁の友人で能書家として知られた亀田窮楽の伯母  現在も奥村家の玄関にかかる「表具師」ののれんの揮毫はこの窮楽の筆による物とされる 【2代 吉兵衛】 1633年~1719年享保04年12月  号「休意」  初代の長男 1698年元禄11年 表千家 6代 覚々斎の取りなしにより紀州徳川家御用達、また表千家御用達となり、家運興隆の基礎を作る  その後数代に渡り男子が夭折し跡取りに恵まれず、代々婿養子を郷里の北近江より迎える事態となる  その中の1人、6代 吉兵衛は奥村家の功績をまとめるために調査を重ね、家系図はもちろん、歴代の表具作成の記録などを文書化する  吉九郎 2代 吉兵衛の長男  25歳にて早世 【3代 吉兵衛】1666年~1743年寛保03年03月  出家後法号「休誠」。近江国浅井郡馬渡村の松山家の出身  2代 吉兵衛の婿養子  狂歌の作者、能書家として知られる 【4代 吉五郎】1737年~1781年天明元年11月  近江国伊香郡高月村の田辺家出身  3代 吉兵衛の婿養子  法名「道順」 【5代 吉兵衛】1755年~1825年文政08年08月  出家後法号「了誠」  近江国伊香郡高月村の松井家出身  3代 吉兵衛の婿養子 1788年天明08年 天明の大火に遭遇、家伝などの一切を消失  三千家合作の三幅対として有名な土佐光孚筆の絵のうち、表千家 了々斎(宝珠)、裏千家・認得斎(小槌)の2作の賛を得て、表装を行う 【6代 吉兵衛】1780年~1848年嘉永元年08月  号「休栄」  近江国伊香郡高月村の宮部家の出身、4代 吉五郎の婿養子  史料編纂に興味を持ち、天明の大火で失った家伝の再編纂を決意、「奥村家系図」、「千家御好表具并諸色寸法控」乾巻・坤巻を著し、茶道具の様式や、茶会のルールなど、貴重な資料を後世に伝える功績を残す 【7代 吉次郎】1795年~1837年天保08年09月  号「休音」  6代 吉兵衛の婿養子  義父に先立って死去 【8代 吉兵衛】1804年~1867年慶応03年07月  号「てい所」、「鶴心堂」  歴代の中でも最も名手といわれる一方、国学、儒学に通じ、尊皇攘夷派の学者や志士と深く交わりを持った人物である。  しかし、皮肉にも明治維新後の文明開化により茶道が衰退、奥村家は大ダメージを受ける。  当人は学問の方に興味があり、後に彦根藩家老となった岡本黄石を師として儒学を学び、その紹介により梁川星巌、紅蘭夫妻と親交を結ぶ。後に出家し「蒿庵」と号する 【9代 吉兵衛】1840年~1908年明治41年11月  名「義道」  8代 吉兵衛の長男  小川町上立売(現京都市上京区)から、現在奥村家のある釜座通夷川(現京都市中京区)へ転居  この困難な時代に名跡を継ぎ、奥村家の建て直しに成功、現在に至る。 1882年明治15年 「三千家合作の三幅対」のうち未完であった「天秤計り」に武者小路千家・一指斎の賛を頂戴し、発起より60年後に完成させる。 【10代 吉次郎】1869年明治02年05月~1944年昭和19年09月  9代 吉兵衛の長男 【11代 吉兵衛】1901年明治34年~  10代 吉次郎の長男  12代 吉兵衛  11代 吉兵衛の子息 25,080円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 煙管 南僚 而妙斎好写し 木村清雲作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ長さ41.5cm 素材南僚 作者木村清雲作 箱木箱   (ス丸大・127200) 【コンビニ受取対応商品】煙管(きせる)とは 煙草盆の中に組み込み、刻みタバコを吸う道具です。 ふつう竹の管である羅宇(らう)の両端に金属製の雁首(がんくび)・吸口(すいくち)をつけたものです。 薄茶のとき座布団に続いて、莨盆に煙管を二本添え正客の前に持ち出されます。 煙草盆の形によっては、煙管を一本添えることもあり、雁首を中へ落して掛け置くこともあります。 煙草を吸う場合は、正客は次客にすすめたのち、煙管を取り、莨入から煙草を火皿につめ、火入の火で吸付け、吸い終われば、吸殻を灰吹に落とし、懐紙を出して吸口、雁首を清めます。 次客も正客のすすめに従いもう一本の煙管に煙草をつめ同様にし、煙管二本を元のように莨盆にのせ、三客、四客へ送ります。 好物では、表千家 7世 如心斎好 筋、10世 吸江斎好 筋、11世 碌々斎好 唐草彫、12世 惺斎好 亀甲、13世 即中斎好 筋、14世 而妙斎好 筋、裏千家 10世 認得斎好 夕顔彫、11世 玄々斎好 筋、14世 淡々斎好 銀杏彫、武者小路千家 11世 一指斎好 吉祥草彫などがあります。 【木村清雲】(銀細工師) 1948年昭和23年 新潟県生まれ 1968年昭和48年 師 初代 木村清五郎に師事 1978年昭和53年 「南鐐四方盆」を、木村清五郎と共同製作、日芸展賞を受賞 1983年昭和58年 「南鐐槍梅水注」を製作 1985年昭和60年 独立、以後、下職人として銀細工部門にて製作活動 1998年平成10年 清五郎より、清雲の号を譲り受ける  以後 南鐐製品の制作にて研鑽中 98,549円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆) 端午の節句】 一閑塗り 鞍形煙草盆 山下甫斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦奥13.7×横19×高9.8cm 素材国産材使用 作者山下甫斎作(塗師) 箱桐箱   限定:礼申中(H26・19-08・ス吉酒)(・16635) 【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【山下甫斎】(塗師) 1944年昭和19年 石川県山中町に生まれる。 1964年昭和39年 父の塗師 清峯に師事、山中漆器を志す 1978年昭和53年 2代甫斎襲名  父・山下清峰に師事 96,580円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 一閑 舟型 川端近左作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ縦22.5×横30.2×高5.7cm 作者川端近左作 箱木箱      【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【川端近左】 滋賀県の出身で京都の油屋「近江屋」の初代当主「川端佐兵衛」の雅号を「近左」とした。(「近江屋」の屋号と「佐兵衛」の名より「近左」と号す。)この初代の長男が明治の有名な日本画家、川端玉章である。漆芸のほうは、初代の弟が二代目を継いだ 【5代 川端近左】 1915年大正04年 奈良に生まれる 1928年昭和03年 12歳で四世近左に入門。16年、養子となる 1963年昭和38年 5世近左を襲名 1981年昭和56年 5世近左を襲名 1984年昭和59年 大阪府工芸功労賞受賞 1999年平成11年 没 【6代 川端近左(かわばたきんさ)】 1947年昭和22年 大阪市に生まれる 1966年昭和41年 大阪市立工芸高等学校美術科(日本画科)卒業 1970年昭和45年 京都市立芸術大学漆芸科卒業     師 先代近左に師事 2000年平成12年09月 6代「近左」襲名 279,730円

【茶器/茶道具 煙草盆セット(莨盆セット)】 竹手付煙草盆3点セット (煙草盆 長四方・火入・灰吹)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
  手付一燈好み煙草盆(裏千家)   冠手(高野昭阿弥作)   (大・56100灰吹::13.5cm(No92/一燈好44770)主(客)の位置の前に置く セット内容 煙草盆 溜塗竹手付 長四方 裏千家用 一燈好写し サイズ:約縦16×横25.6×高23.4cm 画像をクリックすると拡大が象画見られます。 火入 染付冠手 高野昭阿弥作 色はお任せください。 サイズ:約直径16×高7.9cm 火入れの火は上面を左に傾ける 詳細はコチラ 灰吹 白竹製:13.5cm灰吹は少量の水を入れておきます 灰吹きの樋を正面にして使用します。 注意:自然の竹を使用しているため、画像と異なる場合があります。 【煙草盆の取り扱いに関して】 煙草盆にはすぎはらという種類の紙や奉書紙を底に敷いて使います。 現在では奉書紙を敷くことがほ殆どです。 裏千家では、向かって左側に火入れをおきます。 (火入れの火は上面を左に傾ける) 【広瀬拙斎著より】 火入の火は上面が左に傾くように入れ、火の廻り一分ほど灰を残して灰は火箸で書き上げておく 火入に入れる灰は入れっぱなしにしないようにしてください。 灰吹は良くぬらして、少量の水を入れておきます (灰吹きの樋を正面にして使用します) 【裏千家の煙草盆組み込み】 裏千家では、向かって左側に火入れ、右に灰吹を置きます。 火入れの中心に、火の入った炭を入れます。 炭は、裏千家では上面を左側に向けるようにします。 待合…「煙管」を仕組まないほうが簡素化してよいでしょう。 寄り付き腰掛…好みをかえて手つきの盆を使い、煙管を付けたほうが良いでしょう 本席…少し格上の煙草盆がよいでしょう。 44,880円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 一閑張 虫籠手付煙草盆 谷内光竹作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦奥22.5×横30×高23.5cm 作者谷内光竹作 箱紙箱   (特NOス礼り)(・54000) 【コンビニ受取対応商品】一閑張りの涼しさの感じる作品です。 煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【谷内光竹(やちこうちく)(本名:武雄)】 1932年昭和07年 石川県輪島市生 1946年昭和21年 輪島塗師、谷内秀作氏に師事 1950年昭和25年 京都光工芸社入社(島政吉氏に師事)〜10年間修行 1955年昭和30年 やち漆工芸として独立(京塗茶道具を製作・製造) 1986年昭和61年 通産大臣認定自覚 伝統工芸士認定される 1992年平成04年 京都府知事より 「京の名工」伝統産業優秀技術者を表彰される 2004年平成16年 伝統工芸功労者叙勲:瑞宝単光章を受賞 33,000円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 銀張 鉋目煙草盆 先代 辻石斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦16.8×横26.5×高8.3cm 箱紙箱      【コンビニ受取対応商品】当店の在庫品 4代 煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【辻石斎】 【初代 辻石斎】  江戸時代の人 【2代 辻石斎】 1885年明治18年 生まれ  加賀蒔絵の第一人者となり、4代を育てる  北大路魯山人に造形と蒔絵の指導を受け、辻家の工房で共作した「日月碗」などの名品を残す 1973年昭和48年90才で没す 【3代 辻石斎】 1912年明治45年生まれ  2代のもと三千家のお好み物を制作するも早逝 1945年昭和20年33歳没 【4代 辻石斎】 1938年昭和13年 石川県山中町に生 1974年昭和49年 4代 石斎を襲名  三千家宗匠の指導の下二代祖父と茶道漆芸の製作に専念 【5代 辻石斎(本名 和成)】 1963年昭和38年 石川県山中町に4代の長男に生まれ 1885年昭和60年 帝京大学経済学部経営学科卒    師 父の 4代に師事 1999年平成11年 初個展・作家名(和成)で開催 2003年平成15年、5代 石斎を襲名 92,565円

【茶器/茶道具 煙草入用道具(莨入用道具)】 紙煙草入(紙莨入) 檀紙 たとう紙 表千家 松葉切箔紋 奥村吉兵衛(表具師) 5種類より選択

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約高16×7.7cm 作者奥村吉兵衛作(表具師) 経師(きょうじ)とも言う サイズ約縦15.3×巾7.6cm 箱化粧箱   (野山丸り・特20800)(・35650) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 【奥村吉兵衛】 【奥村家】 佐々木氏の末裔を称し、近江国北部の「谷の庄」なるところの郷士であったとされる。 奥村三郎定道の代、姉川の戦いの後、主家浅井氏が滅亡して浪人となる。 定道の息子・奥村源六郎定次は長男・源子郎を前田利家に仕官させ、長男は後に「奥村摂津守定光」を名乗り加賀藩士となる。 次男・吉右衛門清定は仕官せず、母方の家業を継いで商人となり京にて表具屋となる。 この清定が初代とされる。 【初代 吉右衛門】1618年元和4年~1700年元禄13年9月  諱「清定」、出家後法名「宗勢」 1646年正保03年 上洛、武士から商人に転業 1654年承応03年 表具屋業を開業、屋号「近江屋吉兵衛」を名乗る。  妻は売茶翁の友人で能書家として知られた亀田窮楽の伯母  現在も奥村家の玄関にかかる「表具師」ののれんの揮毫はこの窮楽の筆による物とされる 【2代 吉兵衛】 1633年~1719年享保04年12月  号「休意」  初代の長男 1698年元禄11年 表千家 6代 覚々斎の取りなしにより紀州徳川家御用達、また表千家御用達となり、家運興隆の基礎を作る  その後数代に渡り男子が夭折し跡取りに恵まれず、代々婿養子を郷里の北近江より迎える事態となる  その中の1人、6代 吉兵衛は奥村家の功績をまとめるために調査を重ね、家系図はもちろん、歴代の表具作成の記録などを文書化する  吉九郎 2代 吉兵衛の長男  25歳にて早世 【3代 吉兵衛】1666年~1743年寛保03年03月  出家後法号「休誠」。近江国浅井郡馬渡村の松山家の出身  2代 吉兵衛の婿養子  狂歌の作者、能書家として知られる 【4代 吉五郎】1737年~1781年天明元年11月  近江国伊香郡高月村の田辺家出身  3代 吉兵衛の婿養子  法名「道順」 【5代 吉兵衛】1755年~1825年文政08年08月  出家後法号「了誠」  近江国伊香郡高月村の松井家出身  3代 吉兵衛の婿養子 1788年天明08年 天明の大火に遭遇、家伝などの一切を消失  三千家合作の三幅対として有名な土佐光孚筆の絵のうち、表千家 了々斎(宝珠)、裏千家・認得斎(小槌)の2作の賛を得て、表装を行う 【6代 吉兵衛】1780年~1848年嘉永元年08月  号「休栄」  近江国伊香郡高月村の宮部家の出身、4代 吉五郎の婿養子  史料編纂に興味を持ち、天明の大火で失った家伝の再編纂を決意、「奥村家系図」、「千家御好表具并諸色寸法控」乾巻・坤巻を著し、茶道具の様式や、茶会のルールなど、貴重な資料を後世に伝える功績を残す 【7代 吉次郎】1795年~1837年天保08年09月  号「休音」  6代 吉兵衛の婿養子  義父に先立って死去 【8代 吉兵衛】1804年~1867年慶応03年07月  号「てい所」、「鶴心堂」  歴代の中でも最も名手といわれる一方、国学、儒学に通じ、尊皇攘夷派の学者や志士と深く交わりを持った人物である。  しかし、皮肉にも明治維新後の文明開化により茶道が衰退、奥村家は大ダメージを受ける。  当人は学問の方に興味があり、後に彦根藩家老となった岡本黄石を師として儒学を学び、その紹介により梁川星巌、紅蘭夫妻と親交を結ぶ。後に出家し「蒿庵」と号する 【9代 吉兵衛】1840年~1908年明治41年11月  名「義道」  8代 吉兵衛の長男  小川町上立売(現京都市上京区)から、現在奥村家のある釜座通夷川(現京都市中京区)へ転居  この困難な時代に名跡を継ぎ、奥村家の建て直しに成功、現在に至る。 1882年明治15年 「三千家合作の三幅対」のうち未完であった「天秤計り」に武者小路千家・一指斎の賛を頂戴し、発起より60年後に完成させる。 【10代 吉次郎】1869年明治02年05月~1944年昭和19年09月  9代 吉兵衛の長男 【11代 吉兵衛】1901年明治34年~  10代 吉次郎の長男  12代 吉兵衛  11代 吉兵衛の子息 24,200円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 煙草入れ(莨入れ) 乾漆 筋紋 丸山東斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径5.1×高9.7cm 作者丸山東斎作 箱木箱   (野丸り) 【コンビニ受取対応商品】煙草入 煙草盆の中に組み込み、刻みたばこを入れるのに用いる道具です。 莨入とも書き、莨壺ともいいます。 唐物では青貝入、象牙、堆朱、堆黒、倶利、存星、金馬、独楽、竹根などがあり、香料や薬味入を見立てたものといわれます。 定まった形式はなく、様々な好み物があります。 他に紙煙草入があります。 【丸山東斎】漆芸作家 昭和33年1158年生まれ。 昭和56年以後、稼業の茶道具 乾漆工芸を制作  師 祖父 中川正斎に師事 33,440円

【茶器/茶道具・煙草盆用道具(莨盆用道具)】 火入 雲華焼き 糸目千切 山崎元洋作 (加州窯)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径9.5×高9.6cm 作者山崎元洋作(加州窯) 箱木箱   (酒・156600) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 【初代 山崎宗元(本名 精策)】  九谷焼に従事していたが、後に京都へ出て清水焼に入り、さらに後、浅井宗筌に師事した。 1934年昭和09年 石川県寺井野町湯谷に帰郷して、雲華焼を始めたが、京都のほうに対して加州窯と称した。 1960年昭和35年7月11日没、64歳。 【2代 山崎宗元】風炉師 1923年大正12年 京都生れ  金沢美術工芸専門学校陶磁科卒 1934年昭和09年 加賀に移り、陶芸家 風炉師を創業  雲華焼を初代の父に、彫刻を都賀田勇馬に師事 1960年昭和35年2代を継承  土風炉の他に淡々斎・鵬雲斎家元の好み物などもつくっている。 【山崎元洋】  宗元の子 107,800円

【茶器/茶道具 煙草入用道具(莨入用道具)】 紙煙草入(紙莨入) 檀紙 たとう紙 裏千家 唐松又は亀甲松紋 奥村吉兵衛作(表具師) 2種類より選択

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約高15.3×7.6cm 作者奥村吉兵衛作(表具師) 経師(きょうじ)とも言う 箱化粧箱   (野山丸り特29800)(野棒大・35650) 【コンビニ受取対応商品】紙煙草入(刻莨入) 煙草盆の中に組み込み、刻みたばこを入れるのに用いる道具です。 「畳紙」(たとう)といい、檀紙、奉書、唐紙、薬袋紙など美濃紙半紙大を二つ折りにし、さらに三つ折りにして、上下を後ろに折り込んだもので、それに紅葉、松葉、芦の葉などを張り込んだり、漆絵、箔押したものなどがあります。 他に、筒状の煙草入、莨入とも書き、莨壺ともいわれる物もあります。 【奥村吉兵衛】 【奥村家】 佐々木氏の末裔を称し、近江国北部の「谷の庄」なるところの郷士であったとされる。 奥村三郎定道の代、姉川の戦いの後、主家浅井氏が滅亡して浪人となる。 定道の息子・奥村源六郎定次は長男・源子郎を前田利家に仕官させ、長男は後に「奥村摂津守定光」を名乗り加賀藩士となる。 次男・吉右衛門清定は仕官せず、母方の家業を継いで商人となり京にて表具屋となる。 この清定が初代とされる。 【初代 吉右衛門】1618年元和4年~1700年元禄13年9月  諱「清定」、出家後法名「宗勢」 1646年正保03年 上洛、武士から商人に転業 1654年承応03年 表具屋業を開業、屋号「近江屋吉兵衛」を名乗る。  妻は売茶翁の友人で能書家として知られた亀田窮楽の伯母  現在も奥村家の玄関にかかる「表具師」ののれんの揮毫はこの窮楽の筆による物とされる 【2代 吉兵衛】 1633年~1719年享保04年12月  号「休意」  初代の長男 1698年元禄11年 表千家 6代 覚々斎の取りなしにより紀州徳川家御用達、また表千家御用達となり、家運興隆の基礎を作る  その後数代に渡り男子が夭折し跡取りに恵まれず、代々婿養子を郷里の北近江より迎える事態となる  その中の1人、6代 吉兵衛は奥村家の功績をまとめるために調査を重ね、家系図はもちろん、歴代の表具作成の記録などを文書化する  吉九郎 2代 吉兵衛の長男  25歳にて早世 【3代 吉兵衛】1666年~1743年寛保03年03月  出家後法号「休誠」。近江国浅井郡馬渡村の松山家の出身  2代 吉兵衛の婿養子  狂歌の作者、能書家として知られる 【4代 吉五郎】1737年~1781年天明元年11月  近江国伊香郡高月村の田辺家出身  3代 吉兵衛の婿養子  法名「道順」 【5代 吉兵衛】1755年~1825年文政08年08月  出家後法号「了誠」  近江国伊香郡高月村の松井家出身  3代 吉兵衛の婿養子 1788年天明08年 天明の大火に遭遇、家伝などの一切を消失  三千家合作の三幅対として有名な土佐光孚筆の絵のうち、表千家 了々斎(宝珠)、裏千家・認得斎(小槌)の2作の賛を得て、表装を行う 【6代 吉兵衛】1780年~1848年嘉永元年08月  号「休栄」  近江国伊香郡高月村の宮部家の出身、4代 吉五郎の婿養子  史料編纂に興味を持ち、天明の大火で失った家伝の再編纂を決意、「奥村家系図」、「千家御好表具并諸色寸法控」乾巻・坤巻を著し、茶道具の様式や、茶会のルールなど、貴重な資料を後世に伝える功績を残す 【7代 吉次郎】1795年~1837年天保08年09月  号「休音」  6代 吉兵衛の婿養子  義父に先立って死去 【8代 吉兵衛】1804年~1867年慶応03年07月  号「てい所」、「鶴心堂」  歴代の中でも最も名手といわれる一方、国学、儒学に通じ、尊皇攘夷派の学者や志士と深く交わりを持った人物である。  しかし、皮肉にも明治維新後の文明開化により茶道が衰退、奥村家は大ダメージを受ける。  当人は学問の方に興味があり、後に彦根藩家老となった岡本黄石を師として儒学を学び、その紹介により梁川星巌、紅蘭夫妻と親交を結ぶ。後に出家し「蒿庵」と号する 【9代 吉兵衛】1840年~1908年明治41年11月  名「義道」  8代 吉兵衛の長男  小川町上立売(現京都市上京区)から、現在奥村家のある釜座通夷川(現京都市中京区)へ転居  この困難な時代に名跡を継ぎ、奥村家の建て直しに成功、現在に至る。 1882年明治15年 「三千家合作の三幅対」のうち未完であった「天秤計り」に武者小路千家・一指斎の賛を頂戴し、発起より60年後に完成させる。 【10代 吉次郎】1869年明治02年05月~1944年昭和19年09月  9代 吉兵衛の長男 【11代 吉兵衛】1901年明治34年~  10代 吉次郎の長男  12代 吉兵衛  11代 吉兵衛の子息 24,200円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 溜塗り 竹手付 長四方 一燈好写し 中村宗悦作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦16×横25.6×高23.4cm 作者中村宗悦作 箱紙箱   Ñ497-361(No9大・44770) 【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【中村宗悦】山中塗作家 1932年昭和7年 石川県出身 1946年昭和21年 師 父に師事し茶道具一筋に研鑽する 1967年昭和42年 故 中尾宗和先生より茶道の指導を受ける 1979年昭和54年 全国漆器展(東京三越本店)に於いて林野庁長官賞受賞 1982年昭和57年 全国漆器展(東京三越本店)に於いて知事賞受賞 1983年昭和58年 全国漆器展(東京三越本店)に於いて精漆組合賞受賞 1987年昭和62年 茶名拝受(宗恭) 1992年平成04年 茶道準教授受 1994年平成06年 加賀古陶 上野与一師に陶芸の指導を受ける 1996年平成08年 石川県展入選 35,816円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 煙草入れ(莨入れ) 拭漆 雪月花 桜

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径4.9×高10cm 箱化粧箱 備考在庫ありの場合(注文日〜3日以内の発送可能)   (ス丸大・12960) 【コンビニ受取対応商品】煙草入 煙草盆の中に組み込み、刻みたばこを入れるのに用いる道具です。 莨入とも書き、莨壺ともいいます。 唐物では青貝入、象牙、堆朱、堆黒、倶利、存星、金馬、独楽、竹根などがあり、香料や薬味入を見立てたものといわれます。 定まった形式はなく、様々な好み物があります。 他に紙煙草入があります。 10,560円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 火入 香炉釉三つ足 佐々木松楽窯

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径10.5×高10.2cm 作者佐々木松楽窯 箱紙箱   (山丸り〜R5/ス礼大)(・9800) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 【3代 佐々木松楽】  祖父は京 清水坂に築用 1944年昭和19年 京都府亀岡市生まれ。 1963年昭和38年 父 2代 昭楽に師事 1983年昭和58年 3代 昭楽を継承  【窯名・歸來窯 陶名・虚室】1996年に大徳寺管長14代・福富雪底老師より拝受  【成雲軒】1960年に大徳寺11代管長・小田雪窓老師より拝受 1905年明治38年 京都洛中から東山・清水寺門前に居を移し、茶の湯楽焼窯『昭楽窯』を開窯いたしました  そして今、京都の西北・亀岡の山里に窯を移 ------------------------------ 【松楽窯】 大本教出口王仁三郎より 「松楽 の窯名を拝受 佐々木虚室・佐々木昭楽の監修指導 7,832円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 煙草入れ(莨入れ) 面五角 白漆又は面五角 青漆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦4.8×横4.8×高9.8cm 箱化粧箱   (五No224礼江:礼山丸大・10185) 【コンビニ受取対応商品】煙草入 煙草盆の中に組み込み、刻みたばこを入れるのに用いる道具です。 莨入とも書き、莨壺ともいいます。 唐物では青貝入、象牙、堆朱、堆黒、倶利、存星、金馬、独楽、竹根などがあり、香料や薬味入を見立てたものといわれます。 定まった形式はなく、様々な好み物があります。 他に紙煙草入があります。 7,843円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 火入 織部焼き るい座三段 加藤光右衛門作(山十窯)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径8.4×高9.2cm 作者加藤光右衛門作 箱木箱   (輪輪り・47060) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 擂座(るいざ)とは 茶の湯釜の釜肌の装飾技法のひとつで、釜の口や肩などに鋲のような半球形の粒が並ぶ文様のことをいいます。 等間隔に打っていくものと、二・三・二・三というように繰り返し打つものがあります。 「擂」は、「玉篇」に「研物也」とあり、中国で茶を研磨するための擂木(擂粉木:すりこぎ)を擂茶といい、その頸廻りに鋲があるところからこの名があるといいます。 【加藤光右衛門(本名 光男)】 1937年昭和12年6月12日生  岐阜県の無形文化財だった十右衛門の二男  父の十右衛門の笠原八坂窯を継承する。  名古屋茶道工芸金鱗会会員 35,640円

アクアピッチャープロ用受皿(クリアー)〈PUO-B0〉水差し 用受け皿 プラスチック 水差し 用受け皿 水飲みポット 用受け皿 ウオーターピッチャー 用受け皿 ウォーターピッチャー 水差し 皿 冷水 ポット 皿 冷水 ピッチャー 日本製 ピッチャー 受皿

ふじたクッキング
商品の詳細 サイズ 直径150×H25mm、内径130mm 材質 ポリカーボネイト(耐熱100℃)アクアピッチャープロ用受皿(クリアー)〈PUO-B0〉 339円

キズ有【茶器/茶道具 煙草盆セット(莨盆セット)】 手付松皮菱煙草盆3点セット  (煙草盆 手付松皮菱 清水晃樹作・火入 伊賀焼 松本央作・灰吹)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
  相談受けます(裏面に経年劣化による開き、キズ有り) 作者清水晃樹作   (瀬・77600) セット内容 ・煙草盆 手付松皮菱 清水晃樹作 ---------- 金沢在住 昭和03年生まれ 師 人間国宝の氷見晃堂氏に師事 ---------- サイズ:約横19×縦19×持ち手含む高21.5cm     約持ち手含む高9.5cm ・火入 伊賀焼 松本央作 サイズ:約直径7.4×高9cm ・灰吹 白竹 サイズ:約高13.5cm 自然の竹を使用しておりますので、太さなどは変わります。【清水晃樹】金沢在住 1928年昭和03年生まれ 師 人間国宝の氷見晃堂氏に師事 63,272円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 釣瓶型 香狭間透し 玄々斎好写し 田原一斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ縦17.5×横18×高13cm 取っ手含む高26cm 作者田原一斎作 箱木箱   (次回より・81540) 【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【初代 鈴木光入(すずき こうにゅう)】 1923年大正12年 生まれ 1950年昭和25年 京漆芸の象彦にて17年間修業・研鑽す 1967年昭和42年 独立 65,780円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 煙管 糸目南僚 表千家用 金谷浄雲作 2本セット

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ長さ41.5cm 素材南僚 作者金谷浄雲作 箱木箱   (大・121000) 【コンビニ受取対応商品】煙管(きせる)とは 煙草盆の中に組み込み、刻みタバコを吸う道具です。 ふつう竹の管である羅宇(らう)の両端に金属製の雁首(がんくび)・吸口(すいくち)をつけたものです。 薄茶のとき座布団に続いて、莨盆に煙管を二本添え正客の前に持ち出されます。 煙草盆の形によっては、煙管を一本添えることもあり、雁首を中へ落して掛け置くこともあります。 煙草を吸う場合は、正客は次客にすすめたのち、煙管を取り、莨入から煙草を火皿につめ、火入の火で吸付け、吸い終われば、吸殻を灰吹に落とし、懐紙を出して吸口、雁首を清めます。 次客も正客のすすめに従いもう一本の煙管に煙草をつめ同様にし、煙管二本を元のように莨盆にのせ、三客、四客へ送ります。 好物では、表千家 7世 如心斎好 筋、10世 吸江斎好 筋、11世 碌々斎好 唐草彫、12世 惺斎好 亀甲、13世 即中斎好 筋、14世 而妙斎好 筋、裏千家 10世 認得斎好 夕顔彫、11世 玄々斎好 筋、14世 淡々斎好 銀杏彫、武者小路千家 11世 一指斎好 吉祥草彫などがあります。 【金谷浄雲(かなやじょううん)】 1933年昭和08年 高岡市に生まれる 1958年昭和33年 日本工芸会会員、般若勘渓氏に師事   以後40年余にわたり般若鋳造所において研鑽 93,775円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 手付 組紐 鵬雲斎好 土田友湖写し 赤尾隆斎作 糸目流水手付き煙草盆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦17.5×横28×高26.3cm 約取っ手含む高26.2cm 作者赤尾隆斎作 箱木箱   (田原一斉り)江・94600 【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【2代 赤尾高隆斎】 1942年昭和17年 京都左京区生れ 1960年昭和35年 高校卒業後、父に師事(指物師)修業 1968年昭和43〜1974年49年 各地で個展 1976年昭和51年 京都で指物工芸出品入賞 1985年昭和60年 茶道指物展入賞 75,020円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 手付香挟間透し 鵬雲斎好写し 鈴木光入作 欅製

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約幅26.2×奥17.6×高19.8cm 素材欅製 作者鈴木光入作 箱木箱   (大・93380) 【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【初代 鈴木光入(すずき こうにゅう)】 1923年大正12年 生まれ 1950年昭和25年 京漆芸の象彦にて17年間修業・研鑽す 1967年昭和42年 独立 60,060円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 火入 黄交趾 青海波 即中斎好み 真葛香斎作(宮川香斎作)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径11.5×高11cm 作者真葛香斎作(宮川香斎作) 箱木箱   (28期の野・261500) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 【真葛焼き】 【宮川香山(本名 虎之助)】 1842年天保13年 宮川香山は京都府真葛原に生まれる 1916年大正05年75才没  明治時代の日本を代表する陶芸家・陶工です  高浮彫、真葛焼きの創始者。 1866年天保13年 幕府から御所献納の品を依頼される名工に 1870年明治03年 薩摩の御用商人梅田半之助、実業家鈴木保兵衛らに招聘される 1871年明治04年 横浜に輸出向けの陶磁器を作る工房・真葛釜を開く 1876年明治09年 高浮彫で作られた真葛焼きはフィラデルフィア万国博覧会に出品される 【2代 宮川香山(本名 宮川半之助】初代の子 【3代   香斎】f 【4代 宮川香斎/初代 真葛香斎】2代宮川香山の次男 1897年明治30年~1987年昭和62年 1913年大正02年 4代 宮川香斎を襲名 1929年昭和04年 久田家11代 無適斎宗也に入門 1934年昭和09年 無適斎宗也より「真葛焼」の箱書を授かって「真葛香斎」を名乗る。 ------------------------------------------------------------------------------ 【真葛香斎】 【2代 真葛香斎/5代 宮川香斎】 1992年大正11年 東京生まれ 1946年昭和21年 国立陶磁器試験所に伝修生で入 1969年昭和44年 4代 香斎に婿養子に入る 1972年昭和47年 5代 宮川香斎を襲名or同時に        13代表千家 即中斎宗左宗匠より真葛印を拝領。2代真葛香斎を襲名  師 4代 宮川香斎・5代 清水六兵衛氏 【3代 真葛香斎/6代 宮川香斎】 1944年昭和19年 京都市に生れる 1970年昭和45年 東京造形大学美術学部彫刻専攻卒業 1976年昭和51年 京都の真葛窯に入り、以後5代 宮川香齋の補佐をする 2002年平成14年01月 6代目宮川香齋を襲名する  同年大徳寺僧堂龍翔寺嶺雲室高田明浦老師より真葛の印賜る。作品に使用する 198,000円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 火入 三つ足 雲華 寄神崇白作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約直径9.4×高9.21cm 作者寄神崇白作 箱木箱   (・73700) 【コンビニ受取対応商品】火入(ひいれ)とは 煙草盆の中に組み込み、煙草につける火種を入れておく器のことです。 中に灰を入れ、熾した切炭を中央に埋めて、喫煙の際の火種とします。 切炭の埋め方は、火入の灰にあらかじめ炭火を入れて灰を温めてから、炭火を取り出して火箸で灰をならし、その中央に、客が煙草をつかうときに上部が燃えて灰とならないように、切炭を黒い部分を残して熾し、熾きた方を下に黒いほうを上にしてして、煙管で吸い付けやすいよう正面から見てやや斜めに頭が少し出るように埋め、灰押で灰を押さえ、火箸で筋を入れます。 切炭は、表千家と武者小路千家では右に、裏千家は左に傾けます。 灰形は放射状に筋を入れたものが多く用いられますが、流儀、火入により異なるものもあります。 香炉の小振りな物や向付を見立てで使用したのが始まりのようで、煙草盆と火入の組合せは、材質、形状、煙草盆との大きさ、煙草盆の縁の高さと火入の高さ、火入の釉色と煙草盆の塗色などが考慮されます。 銅器や鉄器はふつう用いられず、陶磁器が主に用いられますが、染付・呉須などの磁器には真塗や溜塗など、志野・織部・唐津などの施釉陶には一閑張など、備前・信楽など自然釉陶には木地・焼杉などを合わせます。 【桂窯】 神社の瓦や土風炉を焼きながら、昭和15年頃桂に窯を築いたのが始まり。 その後、岳父崇白に師事していた桧垣崇楽が、茶碗を主とした窯として継ぎ、初代亡き後は、妻(崇白 長女)が2代目崇楽を名乗り現在に至っております 【3代 寄神崇白】2代目 崇楽 1937年昭和12年、京都生まれ  師 雲華焼土風炉師の父や2代 崇白に師事 1956年昭和31年 京都府立陶工職業訓練校を卒業する 1957年昭和32年 京都市立工業試験場窯業科を卒業する 1975年昭和50年 3代 崇白を襲名 2001年平成13年 丹波に移築 52,580円

【茶器/茶道具 煙草盆用道具(莨盆用道具)】 煙管 南鐐 裏千家用 金谷浄雲作 2本セット

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ長さ32.5cm 素材南僚 作者金谷浄雲作 箱木箱   (・85600) 【コンビニ受取対応商品】煙管(きせる)とは 煙草盆の中に組み込み、刻みタバコを吸う道具です。 ふつう竹の管である羅宇(らう)の両端に金属製の雁首(がんくび)・吸口(すいくち)をつけたものです。 薄茶のとき座布団に続いて、莨盆に煙管を二本添え正客の前に持ち出されます。 煙草盆の形によっては、煙管を一本添えることもあり、雁首を中へ落して掛け置くこともあります。 煙草を吸う場合は、正客は次客にすすめたのち、煙管を取り、莨入から煙草を火皿につめ、火入の火で吸付け、吸い終われば、吸殻を灰吹に落とし、懐紙を出して吸口、雁首を清めます。 次客も正客のすすめに従いもう一本の煙管に煙草をつめ同様にし、煙管二本を元のように莨盆にのせ、三客、四客へ送ります。 好物では、表千家 7世 如心斎好 筋、10世 吸江斎好 筋、11世 碌々斎好 唐草彫、12世 惺斎好 亀甲、13世 即中斎好 筋、14世 而妙斎好 筋、裏千家 10世 認得斎好 夕顔彫、11世 玄々斎好 筋、14世 淡々斎好 銀杏彫、武者小路千家 11世 一指斎好 吉祥草彫などがあります。 【金谷浄雲(かなやじょううん)】 1933年昭和08年 高岡市に生まれる 1958年昭和33年 日本工芸会会員、般若勘渓氏に師事   以後40年余にわたり般若鋳造所において研鑽 63,800円

【茶器/茶道具 煙草盆(莨盆)】 糸巻透竹縁煙草盆 掻合 惺斎好写し 川瀬表完作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園
サイズ約縦18.5×横25×高10.2cm 作者川瀬表完作 箱木箱   (野申丸柴) 【コンビニ受取対応商品】煙草盆とは 火入(ひいれ)、灰吹(はいふき)、煙草入(たばこいれ)、煙管(きせる)、香箸(こうばし)など、喫煙具一式を納めておく道具です。 莨盆」とも書き、煙草盆、火入、灰吹、煙草入、煙管一対を、煙草盆一式あるいは煙草盆一揃などといいます。 茶事においては、寄付、腰掛、席中では薄茶が始まる前に持ち出されます。 濃茶席と懐石中には出しません。 また大寄せの茶会では、最初から正客の席に置かれます。 煙草盆に必ず備えられるのが、火入、灰吹で、千家では向って左に火入、右に灰吹を入れます。 煙草入と煙管は一組で用いられ、用いる時は正式には煙管二本を煙草盆の前へ縁に渡して掛けます。 武者小路千家では、その他に、灰吹の右に香火箸(香箸)を添えます。 表千家では敷き紙をしますが、裏千家では敷きません。 武者小路千家では火入の下にだけに敷きます。 最初は、香盆を見立てたもので、香炉を火入に、?殻入を灰吹、香合を煙草入とし、盆の前に煙管を二本置くのは、香箸に見立てたものといいます。 利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。 大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。 【初代 表完(本名 敏太郎)】 京都の塗師 1904年明治37年〜1969年昭和44年  江戸末期、木村表斎を祖師とする京塗りの「表派」の技法を祖父 千太郎より継承する。  表派の技法を伝承する初代 鈴木表朔(2代 表斎)に師事し、本堅地・溜塗・布摺・木地溜塗など正統な塗技法を受け継ぎ、初代 表完を名乗る。  初代没後、長男 厚(1933〜2007)と次男 功(1937〜)が共に表完を襲名し、表完工房を設ける。 【2代 川瀬表完(本名 功)】  祖父 千太郎、父 敏太郎(初代 表完)より継承し京塗師2代表完そして京漆器の制作に従事。 1937年昭和12年生まれ  京漆器伝統工芸士  京都府優秀技術者(京の名工) 【3代 川瀬表完(本名 川瀬 厚)】雅号 2代 東山表完 1933年昭和08年 初代表完の長男として京都に生まれる 1993年平成05年 伊勢神宮式年御遷宮に際し御神宝復元従事通産省 京都府「京の名工」 厚生労働大臣 「現代の名工」受彰日本伝統工芸士会幹事歴任 京都伝統工芸大学校京塗教授 日展会友 1995年平成07年 他界  伝統の京塗技法を継承しながらも、新素材などを用いた新しい漆芸の制作に着手するなど 現代に合わせた独創的な活動をする 【当代 川瀬表完(本名 川瀬 正)】雅号 3代 東山表完 1964年昭和39年 アメリカ サンフランシスコ生 京都育ち 1980年昭和55年 夜間高校に通学しながら父二代東山表完(厚)に師事 1981年昭和56年 京都市工業試験場 漆塗りか卒(主任講師 京塗師山根正春先生) 1985年昭和60年 京都市工業試験場 マキエか卒(主任講師 漆芸家水内恭平先生) 1987年昭和62年 京都芸術短期大学 陶芸家卒(現 京都造形芸術大学) 1991年平成03年 京都市工業試験場 マキエか卒(主任講師 漆芸家ハットリ俊登先生)、京漆器店 理事長賞(以降四徴症、理事長賞) 1992年平成04年 京展入選(以降2回入選出品) 1999年平成11年 京都新進作家展主催(若手茶道具作家集団で全国で7年20回ほど開催) 2003年平成15年 京都高島屋美術工芸サロン古典、経済産業省 京塗伝統工芸士認定 2004年平成16年 京都迎賓館調度品政策(職人として参加)、脳梗塞右半身マヒ発症(以降主に左手で制作) 2007年平成19年 3代 東山表完襲名         青山グリーンアカデミー 京塗講演会講師(国際茶道協会・裏千家主催) 2008年平成20年 伊勢神宮式年に際し御上宝復元十字(すでに20年後の仕事も承諾済み)         襲名店 博多大丸美術画廊・東京大丸美術画廊・福山天満屋美術画廊・放映胴 2009年平成21年 襲名店 大丸心斎橋店美術画廊・岡山高島屋美術画廊・京都高島屋美術画廊・長田ちゃほ 2010年平成22年 京都新聞ソフィア企画 大塚小学校で今日塗りの公園 ・仁和寺発行し京塗記事執筆、襲名店 十字や山形店美術画廊・ギャラリー会・東京日本橋高島屋美術画廊・龍問答・小野美術・四日市近鉄美術画廊・横浜高島屋美術画廊 2011年平成23年 襲名店 高崎高島屋アートギャラリー・四日市近鉄 松坂出張店・神戸そごう美術画廊・高岡大和が廊・米子高島屋美術画廊 2012年平成24年 個展 和歌山近鉄美術画廊・放映胴・大丸心斎橋店美術画廊・岡山高島屋美術画廊・日本橋高島屋美術画廊(二人展)、京都新聞出版センター発行「意外と知らない京都」 京塗論文執筆掲載 2013年平成25年 個展 高崎高島屋アートギャラリー・横浜高島屋美術画廊・京都高島屋美術画廊・岐阜高島屋美術が廊・恵埜画廊・やまこう、淡交社出版 「お茶人のための今日の逸品」記事掲載 2014年平成26年 個展 パルクアベニュー川得 ギャラリー川得、京塗講演会 表千家千葉県青年部爽快・表千家山口県青年部爽快、和楽3月号 小学館発行 利休の美学 真塗中棗と記事掲載     淡交社発行 京の茶道具作家名鑑 写真 記事掲載 59,675円